山谷・アート・プロジェクト
フォト・コンテスト2025
審査員の講評
審査員(50音順)

アオキ祐キ
講評
今回も面白いです。皆さんの日常と その物語を想像しています。毎年開催しているフォトコンテスト、個人個人の切り取りたい景色やその手法が、どんどん確立されてきている気がします。安心して衝動を創造的にカタチにできる環境、皆さんがその中で生活できていることはとても良いなあ。これからもどんどん欲張りになってください。
アオキ裕キ
<新人 H ソケリッサ!> ダンスグループ 。
振付家アオキ裕キが「生きることに日々向き合う身体」を求め
路上生活経験を持つ参加者を集めた活動。
2005 年よりメンバーを募り、第一回公演「新人H ソケリッサ!」を2007 年に行う。
現在2021-2022「路上の身体祭典 H!」新人Hソケリッサ!横浜/東京路上ダンスツアー開催中。コニカミノルタソーシャルデザインアワード2016、グランプリ受賞。活動を追ったドキュメンタリー映画「ダンシング・ホームレス」2020年より全国上映開始。
◆ソケリッサ!◆

赤坂真理
講評
講評をすることになって、正直に言うと、困ったなあというのが本音だった。山谷の典型的な風景というのはなくなったのだと感じる。日雇いのリアリティが、写真に写るまでにありありとあった時代はとうに過ぎているのだろう。それは、個人のことであり、日本の社会変動のことだった。個人が社会変動と直接関わる実感を持てるような、東京タワーを建設した時代のようなことは、今はもうない。そういう強い絵はもう撮れない。人もそんなに活気があるわけではない。労働というよりも、病気や生活保護のリアリティかもしれない。
あるいは、写真が写真だけで雄弁に語る状況というのは、ある種の極端の中にしかないのかと考えたりする。たとえば戦争や紛争地。たとえば難民。たとえば災害。たとえば病気。
病気や厄災にしても、写真の観点で見た場合、雄弁な厄災と沈黙の厄災がある。水俣病の写真は人の心を打った。それは、言葉を選ばずに言えば、彼らのかたちが見るからに「かわいそう」だったからだ。一方で、同じように国策企業による厄災である原発事故や放射線の影響は、どんなにしても写真に写らない。人の心を打つことはおろか、伝わりさえしない。この不平等。山谷の今の「伝わらなさ」は、それと似ている。
的はずれかもしれないが、今年講評を担当して、思ったのはそのことだった。
もちろん、山谷に住むの人も普通の写真を撮ってよい。センスのよい写真を撮ってよい。もちろん、うまく撮れる。いい写真は撮れるし、テクニックに長けたものも、心を打つものも、ハッとするものもある。ただ、そういうものの中にも「山谷のエッセンス」を写し込むことはできるのか?ということを考えた。
表現をするなら、自分のどんな属性も活用した方がいい。そのほうが強い表現になる。その点で「山谷」は未だ活用しがいのある属性だ。が、そう考えて撮っている人がいるのか、そこがわからなかった。山谷も、大きく変わりつつある。大阪の西成でも人寄せが取り壊されるなどの大きな変化がある。これは、労働者において、生身の人と人との交流や情報交換がなくなって全ての人がデータだけで判断されるようになることなのだが、こういうことこそいちばん写真に写らない。それに対して写真に何ができるのかを考える。
もしかしたら写真だけではむずかしい類の社会変動に、私たち全員が、直面している。
このように写真には写らない類のリアリティに対して、写真に何ができるのかと考えた。写真以外の表現に、何ができるのだろうかと、またそれらが組む可能性について、考えた。
もしかしたら写真だけではむずかしい。はなはだ写真映えしない社会変動に、日本人はみな直面している。
赤坂真理
東京生まれ。作家。雑誌『SALE2(セールセカンド)』編集人を経て1995年「起爆者」でデビュー。小説作品に、寺島しのぶと大森南朋主演で映画化された『ヴァイブレータ』、『ミューズ』(野間文芸新人賞)、天皇の戦争責任をアメリカで問われる少女を通して戦後を描いた『東京プリズン』(毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞、紫式部賞)。批評と物語の中間的作品に『愛と暴力の戦後とその後』、『愛と性と存在のはなし』、アディクションを依存症でなく「執着」「固着」ととらえ人類の苦しみと見た『安全に狂う方法 アディクションから掴みとったこと』(医学書院)など。文学の身体的表現にも情熱を持っている。

朝日教之
講評
ベスト・ワンは
011KURAKIさんの「僕が住む街にお神輿がきた!」
を選ばせてもらいます。
狭い路地に、大勢の男たちが担ぐ神輿が入っていくところを
上手にとらえました。後ろ姿ですが、男たちの熱量を感じます。
脚立を使っているのか高い位置から撮影しているので
路地と家並みがうまく表現されています。祭りがやってきた
という撮影者の喜びが伝わってくる作品です。
朝日教之
フォトグラファー
1982年朝日新聞社入社。大阪本社写真部、阪神支局を経て、87年から東京本社写真部。神戸大学に同行しチベット奥地のルポや89年の天安門事件の取材などを経験。神戸の児童殺傷事件をきっかけに中学生の心の動きをルポする連載
「素顔の中学生 保健室から」を企画し98年、日本新聞協会賞を受賞。
アエラ・フォトディレクターを経て、現在全日写連関東本部委員。

